Continental Breakfast世界のContextを読み解くBlog

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2013.06.26 Wednesday ... - / -
#「人」ではなく「神」が信頼の基礎にある人びと
(続き)

日本では民間の検査機関や団体がなかなか信頼されない。そのためかつては「お上」が世間の信頼を担保していました。どういうわけか日本人は個人間の信頼度が低く、極端にいえば、相互監視の仕組みなしに他人を信頼することができません。

さて、14日のシンポジウムでは、マレーシアの人びとの検査機関に対する信頼感が高いという調査結果が公表されていました。ここには、後述するように「ある事情」が背景にあるのですが、シンポジウムではまったく触れられませんでした。コメンテーターであるCSRの専門家のみなさんがそのことを知らなかったのか、それともシンポジウムの場で話しても意味がないと考えられたのかはわかりませんが、その点についての日本の無知ないしは無関心が図らずも浮き彫りとなる形になりました。

halal

マレーシアの人びとが検査機関、認証機関に厚い信頼を置いているのは、この国が、イスラーム諸国の中でも最も厳格な部類に入る「Halal認証」を、国家を挙げて行っているためです。この認証の厳格さとそれに対する信頼感を、私たち日本人が実感することはなかなか難しいものがあると思います。

イスラーム世界では、Allahによって「食べてよいもの」と「食べてはいけないもの」が厳格に定められています。「食べてもよい」とされているものはHalal(許されたもの)、「食べてはいけないもの」はHaraam(禁じられたもの、罪深いもの)と呼ばれていて、Muslimの人びとはその調理法も含め、一定の基準を満たしたもの以外は口にすることができないという、非常に厳しい掟に縛られています。

この掟は「神」によるものであるがゆえに、日本の「お上」によるお墨付きなどよりはるかに信頼度が高くなる、といえばその雰囲気は伝わるでしょうか。もちろん、Halal認証も人間のやることなので、ひょっとしたら間違いや不適切なことだってあるかもしれません。しかし、彼らのAllahに対する信頼と畏敬の念は、「絶対的」価値観です。もしもHalal認証を受けたものが実はHaraamだったとしたら、その認証を出した機関や構成員は、イスラーム世界から総スカンを食らうどころか、袋叩きに遭ってしまうかもしれません。

Halal認証というのは、そのくらい厳格さが要求されるものであり、だからこそイスラーム世界のみならず、世界中で高い信頼を得ているのだといえます。

(続く)

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2012.12.17 Monday ... comments(0) / trackbacks(0)
#「祈り」について
前半はよかったのになあ(笑)

pray
渋谷のUPLINKで「祈り -サムシンググレートとの対話-」を観てきました。意外と評判のよい作品らしく、上映期間を予定より延長して11月いっぱいは観ることができるようです。映画の前半では、ポジティブな気持ちやその逆の気持ちがそれぞれ、人間の身体に及ぼす影響を科学的に解明していきます。いや、解明していくようにみえるといったほうがよいかもしれません。というのは、ドキュメンタリーと謳いながら何ら具体的な数値を示してくれていないんですね。

そしてそれが後半へ進むにつれて、「祈り」を科学的に解明するという方向からも少しずつ外れていきます。最後は宗教やスピリチュアルと区別がつかない論調になってしまい、個人的には後味の悪いラストでした。「祈り」の実際的な効用と、そのために必要な要素をもう少しうまく抽出してくれたらよかったのに、と少なからず残念な映画になっています。

ただ、この映画がいいたいことは間違っていないと思います。「祈り」の効用は確かにあるだろうし、古今東西「宗教」として根づいているものはすべて、「祈り」の効用を生活の中で最大限活用できるよう設計されています。だから、人生に絶望するほどどうしようもない苦難を背負ってしまった人びとが、どこかの宗教に入信して「祈り」の恩恵を受けることは、とても合理的な判断であると思うし、他人に実害をもたらさない限り、彼らの信教の自由は保障されてしかるべきです。

映画の中では、他にも「祈り」の効用についてさまざまな検証がなされています。イスラームでは、金曜日にできるだけたくさんの人が集まって、合同で祈りを捧げることを信徒に課していますが、この作品を観て、その効用というか意義がちょっと理解できました。BibleやQuranの、歴史の風雪に磨かれた知恵というのは、たとえまだ科学で解明されていなくても、きっとすごいんだろうなと。

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2012.11.03 Saturday ... comments(0) / trackbacks(0)
#オー!ゴッド
(続き)

Jerryは彼らから古代アラム語で書かれた50の質問を受け取ります。何が書いてあるのかさっぱりわからない彼が、神の現れるのをひたすら待っていると、望み通り神がホテルのボーイの格好をして現れます。挑まれた50の質問はどれも神学的で答えづらいものばかりですが、そこはさすが神、次々に回答を示してくれます。

god
その中で、「イエスは神の子か」という質問に対する神の答えが、「そうだ。イエスは私の子である。モーセやあなたが私の子であるのと同じように」というもので、これにはChristianたちも大いに不満だったのではないかと思われました。これはハリウッドにユダヤ人が多く、イエスが神の子でありメシアであることを認めない彼らからすれば、当然こういう答えをつくるしかないわけですが、アメリカだとそのあたりのことは観ている側も理解しているはずですね(笑)

同様に、神学者や宗教の権威たちが紹介されるシーンでは、まずユダヤ教のラビ、それからカトリック、正教会の聖職者たちを紹介していきますが、この紹介の順番もハリウッドらしいところ。アメリカの宗教観を知るにはまさにうってつけの映画です。

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2012.09.14 Friday ... comments(0) / trackbacks(0)
#折れない強さとしなやかさと
「ぼくはエルサレムのことを話しているのだ」では、ユダヤ人たちが彼らの信仰を通じた強い信念に支えられていることが、よくも悪くも浮き彫りになっていました。

Norfolk

彼らの強さは、どんなに虐げられても蔑まれても決して倦むことなく、その信念が折れないところです。これは我われ日本人にはなかなか理解できないところで、日本人はどちらかといえば、名より実を取る民族性を強く持っている。名を取ることで実体をなくしてしまうのはバカバカしいと思う、つまり固くて折れないのではなく、柔らかくてよくしなる信念なわけです。

だから、日本では志操堅固な人が尊ばれます。なぜならそんな人はめったにいないから。ところがユダヤ人は誰もが志操堅固で、議論をするとお互い絶対に譲りません。自分の志操は絶対に正しい、というわけです。そんな彼らは、その歴史の中で何度も周囲から圧迫を受け、その度にはねのけてきました。「No more Masada」の誓いの元、悲劇は二度と繰り返さないのです。

日本にも「No more Hiroshima」という似たような標語があります。これも同じく広島の悲劇は二度と繰り返さないということですが、私たち日本人が核兵器をつくらない、持たない、持ち込ませないという意味でこの標語を用いているのに対して、ユダヤ人のそれは、自分たちは二度とMasadaのときのような全滅の憂き目に遭わないために、他のどんな相手よりも強くなるという意味で使われています。

私たちは二度と負けないために「戦わない」。彼らは二度と負けないために「最強になる」。どちらがよりよい選択なんでしょうね。

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2012.09.12 Wednesday ... comments(0) / trackbacks(0)
#Ecce Homo
Ecce Homo(この人を見よ)
これは、新約聖書(ヨハネの福音書19:5)に由来するラテン語で、Jesus Christが十字架に架かるか否かという緊迫した場面で、ローマ提督のPontius Pilateがユダヤ人たちに向かって発した有名な台詞です。これが最近、世界中でちょっとした話題になりましたね。

eccehomo
スペインのBorjaにあるSanctuary of Mercy churchの柱に、Elias Garcia Martinezという画家が描いた「Ecce Homo」。この場面、西洋の宗教画のモチーフとしてはありふれたもので、この絵も特別有名な絵画というわけではありませんでした。ところが、Cecilia Gimenezという84歳のおばあちゃんが、この絵の上から「修復」と称して、元の絵とは似ても似つかない絵を描いてしまい大問題に。

この絵をみて、信仰心の篤い地元の人びとは非難轟々だったのに対し、Web上でこの騒動の顛末と新しい「Ecce Homo」をみた人の一部は賞賛の声を揚げたり、実際に絵を観にSanctuary of Mercy churchを訪れたりと、その反応は正反対のものになっています。

もはやElias Garcia Martinezの原画を復旧できるかどうかも怪しいわけで、それならばいっそ新たに「復活」したJesusに会える教会として、まさに「Ecce Homo(この人を見よ)」と呼びかけて、街の観光資源にしてしまえばいいのではないでしょうか(笑)

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2012.08.29 Wednesday ... comments(0) / trackbacks(0)
#Global Halal Hub
(続き)

11日に参加した「マレーシア理解講座」の後半は、「イスラムとハラル」というタイトルで、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所などで研究を続けておられる川端隆史さんのお話を伺いました。

malaysia

自分の他に出席している方がどんな方たちなのかはわかりませんが、おそらくセミナーのあまりのマニアックな内容にほとんどの方が面食らったのではないかと思われます。個人的にはとても興味深い内容で、マレーシアが如何にして世界のHalal Hubとなるべく政策を推し進めたのか、とか、マレーシアの法律では「マレー人=Muslim」と定義されている、といったことをはじめ、世界の中でマレーシアが置かれている状況を詳しく解説してくださいました。

スライドの枚数は50枚近くもあり、またそれを解説する川端さんの話すペースもかなり早く、セミナーの内容を理解できた人はほとんどいなかったはずです。というのも、彼の話す内容のほとんどが、そもそも日本では一般的でないイスラームやユダヤ教の知識を前提にしているので、2時間ぶっ通しで聴き続けるだけでもかなりハードだったのではないかと(笑)

今回、マレーシアのHalal Hub政策とその周辺について、これほど濃縮された解説を伺えたのは予想外でした。マレーシアの国家戦略としてのHalal Hubについては、個人的な備忘録の意味でもまとめておきたいと思います。

(続く)

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2012.08.13 Monday ... comments(0) / trackbacks(0)
#中東に憧れる欧米の人びと
(続き)

映画「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」を彷彿させる黒い噴水。Kaaba神殿へのHajjを彷彿させるけれど実はただの磁石と砂鉄。アラブからみたイスラエルを痛いほど感じることのできる作品群。ユダヤ教、キリスト教、イスラームの教義と現実のアラブ世界の矛盾をつく映像。

middleeast
この展覧会にはぜひ足を運んでみるべきだと思う一方で、アラブ世界を含む一神教世界のことを多少でもかじっていないと、展覧会の各作品を十分鑑賞できないかもしれません。日本からは物理的にも心理的にも遠い中東諸国ですが、欧米諸国の人びとは聖書を通じて、私たち日本人が想像できないほど彼の地についてよく知っています。

中東諸国に対する距離感の差が、まさか聖書から来ているとは、我われ日本人にはなかなか捉えにくい感覚ですが、一神教世界に属する人びとの、中東諸国についての意識というのは、日本人の想像をはるかに超えた親近感を含んだものといえます。

たとえばそれは、中国の三国志に対する日本や韓国の羨望と、中国の態度の違いに似ているかもしれませんね。欧米諸国のキリスト教圏の人びとは、中東諸国に点在するキリスト教ゆかりの地に対する憧れが根強く、彼の地を訪れる人も少なくありません。そして、そんな親しい距離感の地だからこそ、彼らの中東諸国に対する興味や思い入れも、日本人が思っているよりもずっと強いのです。

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2012.07.03 Tuesday ... comments(0) / trackbacks(0)
#アラブ・エクスプレス展
図書館で手にとったチラシの色づかいがすばらしくて、開催前から気になっていた「アラブ・エクスプレス展」。株主総会のために六本木に出かけたついでに、六本木ヒルズの森美術館で開催中の同展をみてきました。

kaaba
平日の昼間だったこともあって館内はガラガラ。おかげでゆっくり鑑賞することができました。アラブのコンテンポラリーアートといわれてもなかなかピンと来なかったのですが、アラブ諸国が置かれている社会的、政治的状況を反映したヘヴィな作品が多く、各作品の前でいろいろ考えさせられました。

また、作品をつくった作家たちはほとんどが私と同世代で、日本人とは全く異なる彼らのセンスには少なからず刺激をもらいました。彼らの作品を観て思ったのは、アラブに対する私たちの先入観を覆す自由で鮮やかかつシニカルな作風のものが多いこと。ただ、それは良くも悪くも欧米の影響を強く受けたものであり、アラブへのステレオタイプは壊された代わりに、あらゆるジャンルで世界的な均質化が進んでいることを強く感じさせられる展覧会でもありました。

アラブ世界について多少なりとも知識がないと、意図を汲み取るのが難しい作品も少なくありませんでしたが、だからこそ、まっさらな目で作品を観て「わからない」ところが出てきたら彼の地に行ってみる。そのくらいのきっかけに、この展覧会がなれば本当にすばらしいですね。

(続く)

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2012.06.29 Friday ... comments(0) / trackbacks(0)
#「自分だけの神」をつくろう
クーリエ・ジャポン8月号の特集の中に、フランスで「自分だけの神」をつくる人が増えているという記事が紹介されています。

この記事を読んでいて思ったのは、これはフランスだけではなく世界的な流れではないか、ということです。いろんな宗教のいいとこ取りをして、自分だけの宗教をカスタマイズしてしまう。本来絶対的な存在であるはずの「神」という存在を自分仕様にカスタマイズする感覚は、どこか滑稽な反面、時代の気分としてはよくわかる気がします。

god

人はこれまで自分の行動を制約する、あらゆる権威と戦い続けてきました。Webというある意味で極めて平等な世界の出現に伴い、あらゆる権威が失墜しつつあります。そしてたとえば「中二病」のような、自分自身を絶対的な存在として考える人たちも出てきました。この世のすべてのもの、すべての事象を相対的に捉え、極端な個人主義の中で「自律」していかなくてはならない現代人は、かつてないほどの重荷を背負わされていて、本当なら今ほど「神」のような寄りかかるべき絶対的な存在を必要としているときはないかもしれないのに、ニーチェ曰く「神は死んだ」という前提の前にはそれも叶いません。

そんな中で、自分仕様の「神」をつくるフランスの人たちの気分というのは、成り行きとしては極めて自然だと思うのです。すべてを相対的に捉えることを宿命づけられた現代人は、自らの寄りかかるべき「神」をも所与のものとしては受け入れられず、自分の都合に合わせてつくり出すしかありません。誰もがCreatorをつくり出すcreatorになる時代。これって果たして幸せなことなんでしょうかね(笑)

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2012.06.27 Wednesday ... comments(0) / trackbacks(0)
#通訳してもらうってちょっと楽しいかも
先週には自分が参加できなかったこともあって、今日は少人数でクーリエ・ジャポンDE朝食会を開催してみました。

translation
4人限定でFacebookから募集したのですが、募集の際に「今回は同時通訳が入ります」と告知したら、集まったのは翻訳とか通訳を生業にしている本当に英語のできる人ばかり。通訳してくださった方も会の終了後に「(同業者が相手だと)やりづらい」とポツリ。使用する言語が英語のみの会もあるので、英語のできる方はそちらにもぜひ参加してみてくださいね(笑)

今回はパイロット版として、通訳の方の練習を兼ねて開催してみましたが、やってみるとおもしろいことがいろいろわかりました。その「おもしろいこと」について、早ければ来月の朝食会で参加者のみなさんに相談するかもしれないので、そのときは聞き流さずに形だけでも乗ってやってください。

ちなみに来月の朝食会は、雑誌の発売日である25日よりも少し早いタイミングで募集を開始します。それは明日かもしれないし、ひょっとしたら今から1時間後かもしれませんので、FacebookもTwitterもmixiもちょくちょくのぞいていただければと思います。

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2012.05.20 Sunday ... comments(0) / trackbacks(0)
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