Continental Breakfast世界のContextを読み解くBlog

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2013.06.26 Wednesday ... - / -
#地球滅亡?
一説によると、古代マヤ暦がこの21日で終わっていることから、今日で地球が滅びるといって仕事を辞めてしまったり、「自分たちだけは助かる」と選民思想的な終末論を唱える人たちが世界中の至るところでみられたようですね。

科学的根拠が非常に乏しいこの発想は、かつては1999年のノストラダムスの予言をはじめ、さまざまな宗教やスピリチュアルな団体にみられ、いつの時代にも必ず存在してきました。人びとはなぜ、繰り返しこの手の発想に騙されてしまうのでしょうか。

ark

たとえば、今回マヤ暦の問題を絡めてはいるものの、唯一神教的な終末論をモチーフにした映画はこれまでにも「2012」や「インディペンデンス・デイ」など似たようなものがいくつもつくられ、かつ大ヒットを記録しています。また、その「2012」にも出てくる方舟の発想にしても、これを勧誘に利用する宗教団体や、さまざまな悪事の道具にする人がたくさんいます。

中国版Twitter「新浪微博」には、この21日で終末を迎える世界を生き延びるための「方舟」に乗れるチケットが、あろうことか「国連」の名前でたくさん売りに出されていたそうです。まさに映画の1シーンですね(笑)

国連は「そんなチケットは存在しない」という、異例の声明を出していますが、こんなチケットを信じて買う人たちがあまりにも多い事実には、少し愕然とさせられます。いつの時代にも、人びとを動かす最も強力な因子は「不安」なんですね。

未来はいつも不確実で、いまを生きる私たちは未来の不確実性に対する不安に苛まれながら暮らしています。そして、人びとのそんな不安を煽って稼ごうとする人が後を絶たない。これは別に犯罪者に限ったことではなくて、名のある大手企業もこぞってやっていることです。だからこそ、私たちはそんなagitationに踊らされることのないよう自戒していたいものです。

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2012.12.21 Friday ... comments(0) / trackbacks(0)
#安全訴求から信頼形成へ
今日は東京ビッグサイトで開催中の「エコプロダクツ2012」で行われた環境・社会報告書シンポジウムを聴いてきました。今年は「安全訴求から信頼形成へ」と題して、CSRの専門家と先進的なCSR活動を展開している企業のCSR担当者によるディスカッションが行われました。

彼らのディスカッションの内容にはいろいろ考えさせられましたが、中でも「日本では検査機関のほとんどが国などの公的機関なのに対し、海外は民間がほとんど。民間の検査機関はピンキリだが、それでも非常にレベルの高い機関が多い」というコメントは、日本の特徴が際立っていて興味深かったですね。

doubt

日本人が如何にお互いを信頼していないか。「安心社会から信頼社会へ」の著者、山岸俊男教授は日本人の「安心社会」指向に警鐘を鳴らしています。欧米や中東などさまざまな人種が行き交う国々では、見ず知らずの人びととのコミュニケーションが基本。彼らはだからローコンテクストな状況でのコミュニケーションに慣れています。対して日本は世界でも稀有な、極めてハイコンテクストな状況がデフォルトのコミュニティです。そのためさまざまな価値観が混合する「社会」でのコミュニケーションが成熟しないまま近代に入ってしまい、「世間」と「身内」の間の溝が特に深いわけです。

かつて私たち日本人は、自らを「身内」に対する信頼が厚い国民性であると思っていました。しかし前述の山岸俊男教授の研究からも明らかなように、日本人は欧米の人びとに比べて、いや、中国など他のアジア諸国と比べても他人を信用しない民族のようなのです。お互いが信用できないから、相互監視を行うことで「規律」と「安心」を得ようとする。しかしそれだと自分たちのムラ社会の中では安心できても、監視の目を外して考えれば、とてもお互いを信頼し合っているとはいえません。それに、ムラ社会の外から来た人に対しては、むしろ監視の目を強めることになってしまい、ローコンテクストな状況でのコミュニケーションが基本のグローバル社会とは相容れないことになってしまいます。

さて、検査機関が公的なものでない場合に、そこに著しく低い信頼しか置けない日本の状況というのは、上記の極端にハイコンテクストな文化が一因としてあると思われます。ローコンテクストな文化圏では、検査機関が民間であろうと公的なものであろうと、彼らのアカウンタビリティ(説明責任)は当然のこととみなされます。彼らの検査に対する信頼を醸成するには、そのアカウンタビリティを果たすしかなく、そこには「誰もが納得できる」言葉による説明が必ず必要になります。「そこまで言わなくてもわかるよね」という日本的な曖昧さは排除されてしまう。だから、検査機関が民間であるか公的機関であるかの違いはあまり意味をなさないわけです。

(続く)

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2012.12.14 Friday ... comments(0) / trackbacks(0)
#ローマ法王もすなるTwitter
Vatican official(ローマ法王庁)のPope Venedict XVIが、Twitterの公式アカウント(@Pontifex)を開設しましたね。開設直後からフォロワー数は増えに増えて、みるみるうちに10万台を突破しています。彼がフォローしている7つのアカウントは一体何だろうと思ったら、英語以外のtweetをするためのアカウントなんですね。

pope

彼は英語の他にイタリア語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ポルトガル語、ポーランド語、それにアラビア語の8言語でtweetするということですが、どの程度頻繁につぶやいてくれるのかは未知数です。そもそもまだひと言も発していないですし(笑)

21世紀に入って、アメリカ大統領選でBarack Obamaが、エジプトで民衆たちが、イスラエルとパレスチナの両陣営が、それぞれTwitterを積極的に活用するようになり、Windows 95や携帯電話がようやく普及し始めた1990年代半ばごろからは、まさに隔世の感があります。

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2012.12.04 Tuesday ... comments(0) / trackbacks(0)
#停戦
過去に幾度となく繰り返しているイスラエルとパレスチナの停戦合意。今回もアメリカとエジプトを仲介役に、ひとまず停戦合意にこぎ着けたわけですが、イスラエルがGaza stripやWest Bankの包囲を続けている限り、この武力衝突はパレスチナ人がパレスチナ自治区から消え去るまでずっと続くことになるでしょう。

palestine

一方、IDF(イスラエル国防軍)の兵士がinstagramで軽いノリの写真をUPしたことについて、特にアメリカ人から「まじめにやれ」的な批判の声があがっていますが、これはまったく的外れな指摘です。

軍事力において圧倒的な差のある両者は、置かれている状況が180°異なります。イスラエルでは、少なくとも国境線付近でなければ世界でも稀にみる高いセキュリティが確保されており、パレスチナのそれは、自爆テロでもしなければ生きていけない、まさに生存を脅かされている状況です。

IDFの兵士たちは、Hamas相手に本領を発揮する必要などまったくないわけで、instagramにUPされた写真のように、少しぐらいふざけていても彼らの生死に関わることはまずありません。

イスラエルとパレスチナの停戦とその先にある和平に到達するために最も重要なことは、パレスチナの人びとの生存権を確保し、彼らの未来が明るいものであることを確信できる状況をつくり出すことです。彼らも生きるために十分な豊かさを享受できれば、自爆テロのような割に合わないことは決してしなくなるはずです。

逆にいえば、イスラエルが水利権などパレスチナ人の生殺与奪の権を握って離さない限り、彼の地に安定的な和平が訪れることはないでしょうね。

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2012.11.22 Thursday ... comments(0) / trackbacks(0)
#たとえばコーヒーを飲みながら世界を考えてみる
先日、沖縄で採れる国産コーヒーの記事をFacebookでシェアしたのですが、お知り合いのWien在住の音楽家、濃海気鵑らオーストリアと日本のコーヒーの価格の違いについてコメントいただき、日本のコーヒーはやっぱり高いんだなと再認識したことがありました。

mcdonalds

濃海気鵑和召砲癲日本の家電メーカーが欧州の販路にほとんど入ってきていないことや、Facebookとmixiの違いから日本の美点を覆ってしまう悪い点を指摘されるなど、複眼的な視点からさまざまな問題提起をSNS上で展開されていて、そのご意見にはいつも考えさせられます。

さて、件の話題のあと、濃海気鵑箸里笋蠎茲蠅涼罎如屬犬磴△澆鵑覆妊魁璽辧爾箸いろいろ持ち寄って、コーヒーを通して世界を考える会でもやってみよう」ということになりました。濃海気鵑一時帰国される1/13(日)の朝、外苑前の「ニューロカフェ東京」にみんなで世界各地のコーヒーなどを持ち寄って、コーヒーからみえてくる世界のさまざまな側面を考えてみたいと思います。

ちなみにコーヒーが苦手な方は、お茶や水をお持ちいただいてもかまいません。お茶や水からみえてくる世界も深いですよね。ワインとかチーズも大歓迎です(笑) キッチンのある会場ですので、コーヒーを淹れたり軽食をつくったりして、ワイワイ楽しく話せるworkshopになると思います。みんなで淹れたてのコーヒーを飲みながら、産地やチャネル、そして私たちの日本を含む消費地に想いを馳せてみませんか?
「コーヒーを飲みながら世界を考えてみる」
日時: 1/13(日)AM10:00-13:00
場所: ニューロカフェ東京
    東京都渋谷区神宮前2丁目13−2 2F
    http://bit.ly/12faWtV
参加費: 1,000円(会場費)
持ち物: コーヒー、紅茶、ワイン、水、軽食など

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2012.11.21 Wednesday ... comments(0) / trackbacks(0)
#痛みは文脈に依存する
というわけで、昨日のEntryの続きです。

「痛み」について。「痛み」というのは時代や場所、社会状況などに大きく左右されます。たとえば、「肩凝り」は日本でこそ「痛み」を伴う症状として認識されますが、他の国々では肩が凝ることを明確に「痛み」として捉える習慣はありません。

pain

また、かつては「痛み」を与える刑罰というのは、王の権威の大きさを示すためのものでした。そのため、刑罰に伴う「痛み」の大きさはそのまま権威の大きさに比例していたわけです。ところで、内田樹さんは「痛みというのは、記号化すると減少するのではないか」とおっしゃっていて、そのため、場合によっては受刑者の受けた「痛み」が、執行者の意図したそれよりもはるかに軽く感じられることもあったのではないかと。

たとえば、フランスのナポレオンの軍隊は当時の他国の軍隊よりはるかに強かったそうですが、それは彼らが志願兵で構成された義勇軍だったから。当時の軍隊は一般的に傭兵主体のものでしたが、ナポレオンはそれを義勇兵主体のものに変えてしまいました。戦国時代の日本でも、越前の一向宗徒が国家を樹立した時期がありますが、それと同じですね。彼らは戦いで傷を負っても「痛み」をあまり感じなかったのではないか。

なぜなら「痛み」というのは、それが存在する文脈に大きく依存しているから。殉教者は神仏の使命に殉ずるわけで、そのときの彼らの精神状態を考えてみると、脳内麻薬の大量分泌によって、ともすれば恍惚感を抱いて殉教している可能性すらあります。

(続く)

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2012.11.16 Friday ... comments(0) / trackbacks(0)
#全てが最適化された世界で
富士山は本当に美しいですね。

今日は朝から美しい富士山を眺めつつ、めずらしく車での外出でした。カーナビが故障していたので、職場の若手2人が運転とナビをしてくれたのですが、カーナビがデフォルトになっている世代からカーナビを取るとこうなる、というのを目の当たりにして愕然としてしまいました。

fuji
どんな人でもしばらく歩かないと、すぐに足が萎えて歩けなくなります。宇宙飛行士は無重力による筋力低下を食い止めるために、毎日何時間もトレーニングしなければなりません。

同じように、カーナビに慣れてしまった私たちも、車を運転しながら地図を読む能力が相当に低下しています。それでも紙の地図を使った経験のある世代であれば、しばらく地図を眺めていれば、地図を読む感覚は戻ってくると思います。しかし、カーナビがデフォルトになっている世代の彼らは、元々地図をすばやく的確に読むという能力を開発する必要がなかったために、地図を読む感覚が「戻る」ことはあり得ない。まあそのこと自体はカーナビが修理されれば解決するので、大した問題ではありません。

問題は、これと似たようなことがさまざまな場面で、IT技術の発展とともに爆発的に増えているのではないかということです。おそらく、私たちは利便性と引き換えに、本来持っているはずのさまざまな能力を退化させている。

かつてに比べ、生活のために運動する必要のなくなった私たち現代人は、健康を維持するためにトレーニングジムでランニングマシンの上を必死で走ります。生活が便利になり、余暇が増えれば増えるほど、その余暇を埋め合わせるためのものをつくり出さなくてはならないわけです。

全てが最適化され、「創造的な」仕事以外のルーチンワークと呼ばれる仕事が私たちの前から消え去った世界。そこは果たして楽園でしょうか、それとも?

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2012.10.29 Monday ... comments(0) / trackbacks(0)
#嗅覚は研ぎ澄ますしかない
さっきまで一緒に飲んでいたクライアントの方の話がおもしろ過ぎました。

sword
空気を読むのではなく、場の空気をつくるというのは本当に重要ですね。その場の空気を読むのとそれをつくるのとでは、その労力に雲泥の差があります。空気をつくるというのは、場を支配すると言い換えてもよくて、これは空気を十分、しかも瞬時に読んだ上で、その場にいる人びとの意識を1つの方向に持っていくということで、これはリーダーに(そしてアジテーターにも)不可欠な資質です。

今日ご一緒したクライアントの方はこの資質を十分に持っていて、お話を伺っていて全く飽きるところがありませんでした。

そこにいる誰もが共感できるポイントに話のレベルを設定し、誰も飽きさせないように話題をつなぐ。もちろん彼の経験談がおもしろいこともありますが、おそらくその場に居合わせた人びとのステータスや気分に合わせて、話題のレベルも変えるのだろうと思うと、これは彼の嗅覚というか能力の高さに起因するものなのかなと。

この種の嗅覚というのは、一体どうすれば自分のものにできるのか。このような五感、本能に由来する能力というのは、果たして訓練などで向上させることができるんでしょうか。とここまで考えてみて、才能というのはそれを活用できてはじめて気づくものだと思い至りました。
迷わず行けよ、行けばわかるさ

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2012.10.23 Tuesday ... comments(0) / trackbacks(0)
#Blog Action Day
今年も登録しなかったけれど、今日10/15は6回目のBlog Action Dayです。

powerofwe

2012年のテーマは「Power of We」。市民運動が世界的に盛んになった今年のテーマとしては妥当なところでしょうか。Blog Action Dayの目的は、人びとのBlogを通して、世界をよくするための前向きな議論を展開すること。
The purpose of Blog Action Day is to create a positive discussion that enables social good about an important topic. We ask bloggers to take a single day out of their schedule and focus it on an important issue.
Blog Action Dayでは毎年この時期に、彼らが設定したテーマで世界中のBloggerたちにEntryを書いてもらいますが、毎年テーマが重い(過去のテーマはEnvironment, Poverty, Climate Change, Water and Food)のと、BlogがSNSに取って代わられたためにBlog Action Dayの存在そのものがその役割を終えた感があります。

個人的にはあまり詳しくないのですが、SNSでも同様の動きは出てきているんでしょうか。Blogにしかできないことは確かにあって、私はそのためにBlogを続けているわけですが、それでもやはりTrackbackとか死語ですしね(笑)

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2012.10.15 Monday ... comments(0) / trackbacks(0)
#ぼくはエルサレムのことを話しているのだ
わが家のすぐ近くにある、東京演劇アンサンブルの本拠地「ブレヒトの芝居小屋」。

jerusalem
私は演劇やミュージカルがどちらかというと苦手で、めったに観に行くことはありません。しかし、現在上演中の「ぼくはエルサレムのことを話しているのだ」はジャケ買いならぬ「タイトル買い」で、突発的に観劇してきました。そんなわけで、ストーリーについてもArnold Weskerについても、何の予備知識もなく鑑賞したために、この劇がユダヤ人共産党員の一家にまつわるもので、とても思想的かつ政治的な家族の話であることを認識してから、どんどん疲労が溜まっていきました(笑)

そうでなくても演劇というのは、映画などとは比べものにならないほど観ていて疲れます。やはり生身の人間が目の前で真剣に演じる姿というのは、観ている者を圧倒する迫力がありますね。

ストーリーは大戦を挟んで世間の共産党を見る目がどのように変化していくかを描写していて、当時の空気を知っている人でなければ雰囲気というか時代感覚を掴めないかもしれません。私も劇中の会話には違和感を覚えたし、当時の欧州を取り巻く世界情勢を知らないと、なおさらよくわからないのではないかと思いました。

また、日本だと普通は家族で政治談議や思想について議論したりしないので、家族であんなに喧々諤々の議論をしている風景にも、人によっては違和感があるかもしれません。

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2012.09.11 Tuesday ... comments(0) / trackbacks(0)
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